英会話の習得のために、短期留学をする方も多いですが、相当な覚悟で英語を学ばないことには、いわゆる日本人が求めるレベルの「英語が話せる」段階に到達することは、難しいのが現実です。もちろん、そういった語学系の才能を持った方は何人もいらっしゃいます。

しかし、単に現地の学校に通い、あるいは生活をしているだけでは、英語は話せるようにはなりません。現に何年もアメリカで暮らしているのに、英語のレベルは?という方はたくさんいらっしゃいます。
暮らしていく上で、極端に言えば、まったく英語を話せなくても、アメリカで生きていけるからです。最近はスマホという便利なものができたので、買い物でもわからないものは、検索すれば調べられますし、探したい商品のその画面を店員さんに見せれば済むことです。

子どものうちから、あるいは中高校生のうちにアメリカやカナダ、オーストラリアといった英語圏の国で暮らすことになったら、1年もすれば、英語が話せるようになる、それは、若いからもの覚えも早く、発音も綺麗に話せるようになるといったことは、よく言われることです。これはもちろん、若い頭の方が吸収がいいということもあるでしょう。
でも、一番の理由はその生活の中に学校で友達や周りとのやりとりが、大人になってからに比べて格段に多いからではないでしょうか?

大学生となると、これはまた違います。授業は基本講義の形ですから、自分から積極的に話しかけたり発言したりしないことには、一言も話さなくても済みますし、個人的に親しい友人を作らなければ、会話をする機会は大幅に減ってしまいます。

駐在員もしかり。日本や日系の会社であれば、仕事の会話というのはできるのが前提でしょう。しかし、雑談などになるとどうでしょうか?
私自身も以前、日本の駐在員として働いていた経験があります。もちろん、駐在員ですから、日本とのやりとりは頻繁にあるし、こちらの社員にも日本語のできる人たちが何人かいました。
日本の本社への報告は当然、日本語の文章となりますから、今のようなネットが世の中を網羅している時代ではなかったこともあり、英語での重要書類の説明等は辞書を片手に格闘したり、電子辞書を購入して利用していました。(が、結局最後は、弁護士を通さないと契約等は結べません。)

当時勉強したこれらのものが、自分の英語力にまったく効果がなかったとは思いませんが、リスニング力を上げたのは、結局日本から購入して持って行った学習用のCDよりも(注;スピードラーニングではありませんでした)、中途入社してきて仲良くなったアメリカ人のディナという秘書の女の子、ハワードという二人の同僚のおかげだったというのは間違いないです。
駐在員ということで(日本からの駐在員は私一人だけでした)会社以外での外部との付き合いはほとんどなく、英語に触れることといえば、今の時代のように、ネットで無料のサイトはありませんから、当時はテレビやビデオを見るしかありませんでした。

もちろん、テレビをつければ英語の番組がやっています。でも見る時間帯が仕事が終わった夜ということもあり、これがストーリー性のある映画であれば違ったのでしょうけれど(当時は映画のチャンネルがあるということ自体も知らなかった)、ニュース番組ばかりで、ニュースはどんどん違う話題に移行するために、何を言っているのかわからない英語を聞き続けるのは苦痛でした。一生懸命聞いていても、英語教材についているような発音、スピードとは違うために、英語力をアップする方法としては難しすぎると感じていました。

では、何故、ディナとハワードとの会話がリスニング力をあげる方法になったのかというと。
南カリフォルニアで生まれ育ったディナは、ロサンジェルス・ダウンタウンにもほとんど行ったことがないと言っていました。驚くことに、有名なハリウッドサインでさえも、見たことがないと(これは近くのフリーウェイを通っても、晴れた空気が澄んだ日でないとスモッグで見れないという理由もあります)。

そんな彼女は日本人である私には、しゃべり出しこそ、ゆっくり英語を話してくれていても、すぐに普通のスピードになってしまっていました。そこで登場していたのが、ハワイ出身の日系2世のハワード。彼は私がディナの英語の速さに頭がついていっていないことを、素早く察知するやいなや、日本語で通訳をしてくれるわけです。
ディナの英語→ハワードの日本語→私が英語で答える→ディナの英語・・・のような繰り返しを毎日のように(もちろん雑談なんですが)やっているうちに、だんだんとハワードの日本語が必要でなくなっていきました。ディナ→ハワード→私→ディナ→私といったように、ハワードを飛ばして話すような形になってきたのです。

ちょうど、スピードラーニングの英語→日本語→英語とまったく同じ方法です。彼らがいなかったら、私もまた、年数だけ重ねて、怪しげな英語しか話せない、インチキ在米日本人になっていたかもしれません。